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kochacwiecznie:

wonderland. | via Tumblr na We Heart It.
9月 2, 2014 / 6 リアクション

kochacwiecznie:

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(cacao59から)

野生動物って基本、ダメージ受けてても元気なフリするんですよ。弱ってると狙われるから。ポジティブなポストで埋まったフェイスブックの記事見るたびにそれを思い出すんです
(via y-haruka)

とすると、弱さを見せられるのがShortNoteかな

(via kotoripiyopiyo)

(kotoripiyopiyoから)

9月 1, 2014 / 820 リアクション
9月 1, 2014 / 7,080 リアクション

(danforthから)

8月 27, 2014 / 879 リアクション
moriyu-photolog:

[キッチン通信] 全力でお好み焼きをつくる部長とそれを見守るハック
8月 27, 2014 / 879 リアクション
どんどん寒くなってうれしい。さむいのすき、さむいのすきというかなつがきらい。さむいのはいろいろとたのしいよ、むしもでないし、お布団がより好きになるし、長袖の服はかわいいし、ねこはあたたかいし、チョコレートが口の中でも溶けない。
チョコレートが一番おいしく食べられる季節、それが冬です。
(via xomorickyxo)

虫がいなくて幸せな時期。それが冬です。

(via 9861mzh)

(ingurimonguriから)

8月 26, 2014 / 823 リアクション
さて、本書には『音楽嗜好症(ミユージコフイリア)』というタイトルどおり、音楽に関係する不思議な精神的症例が数多く登場する。2010年に単行本で発売された当初は2500円という価格だったため、古くからのオリヴァー・サックス・のファンや脳神経医学に興味のある読者には大いに評価されたが、音楽好きの若い読者にとってはハードルが高かったかもしれない。今回の文庫化を待ち望んでいた人は多かったであろう。じつに素晴らしい医学エッセイなのだ。

最初に登場するのは、幸運にも落雷から生還した42歳の整形外科医の物語だ。ある日、電話線を伝わってきた雷がこの医師の顔面を直撃した。しかし、医学的な検査の結果は問題なく、2週間後には仕事に復帰したという。この直後から医師は激しい音楽の波に飲み込まれる。突然、ピアノ音楽を聞きたくてたまらなくなったのだ。まずはショパンなどのレコードを買い集めた。そして、ほとんど楽譜も読めないのにピアノの練習をはじめる。

雷に打たれてから3カ月後には音楽以外のことに時間を使わなくなっていた。ついにはプロと共演するコンサートデビューを果たし、ピアノ曲を作曲して喝采を浴びてしまう。音楽の才能とは先天的・後天的を問わず天賦のものなのかとつくづく考えさせられる一篇でもある。
8月 26, 2014 / 250 リアクション
8月 25, 2014 / 63,274 リアクション
山崎努のような名優でも、緊張やパニックや茫然自失はおこるようだ。パルコ劇場の一人芝居で話題になった1992年初演の『ダミアン神父』の初日のことである。  開演の1分前に、突然に猛烈な恐怖に襲われた。これから2時間、自分一人で芝居を背負うのかと思うと、足ががくがくしてきた。重症だった。いや発作のようなものだ。なんと最初のセリフが思い出せない。  幕開き30秒前、演出補と握手し、暗闇のなかの袖幕の奥にスタンバイしたのだが、もうだめだった。「公演は中止だ」と心で叫んだ。その直後、何かが急展開した。これは100年前に死んだダミアン神父の話なんだ、そのダミアンがいま自分の体を借りて喋るだけなのだ、よし、ダミアンに体を貸そう、そう思った瞬間、パニックがぴたりとおさまった。
8月 24, 2014 / 374 リアクション

最近彼女ができまして、と彼は言った。私はおめでとうと言って拍手をした。

私は他人が誰かと親密になった話を聞くと高揚し、その人の肩をばんばんたたいて、「いいぞもっとやれ」と言いたくなる。祝福の気持ちにしては盛りあがりすぎなので、他人の私生活に関する話が好きなだけなんじゃないかと思う。下世話なのだ。

彼はでも、と付けたした。でも、この年になるとなんだかいろいろスムーズで、ちょっとかなしくもあるんですよ。

どういう意味でしょうと訊くと、彼は言う。

彼女とは仕事の関係で知りあったんですけど、すてきな人だなって思って、連絡先を渡すじゃないですか。で、メールを出したら感じのいいメールが返ってきて、何回かやりとりして、食事に誘う。桜の時期だったから、少し散歩して観たりする。また食事に誘う。「あなたと一緒にいると楽しい」という意味のことを伝えて反応をみる。嫌じゃなさそうだからもうちょっと踏みこんでみる。そういう手順に、もう慣れちゃってるんです。うまくいきそうだなっていうのもわかる。まあ、もう三十すぎてますしね、順当なことではあるんですけれども。

いいことじゃないですか、スムーズなのってすごく大切なことですよ、と私は言う。彼は曖昧に笑って何度かためらってから、ぽつりぽつりと続ける。

こんなにスムーズなのは、彼女のことを身も世もなく好きなわけじゃないからだと思うんです。なんていうか、僕も相手にとって、ただの適切な人材なんだと思うんです。いえ、それでいいんですよ、世の中の大半のカップルはそういうふうにしてくっつくんだし、僕だってそうでした。

私は目で彼に話のつづきをうながす。彼は自分が話しすぎることを気にして途中で切りあげるタイプだ。彼はまた少し間をあけて、それから滞留していた水が流れだすように語る。

以前は僕も相手も、少なくとも必死でした、一生懸命だったし、精一杯だった、どうしていいかわからない場面が多いから、しょっちゅう頓珍漢な真似をしていた。そんなだからこそ、自分たちのしていることに幻想を抱くことができたんです。なにか重大な、美しい事件が起きているように思えました。でも今はそうじゃない、僕らはいろんなことが上手になってしまった、あなたはそれをいいことだって言う、でも僕はそうは思わない、正しい手順で要領よくものごとをすすめるなんてさびしいことです。

運命の恋みたいじゃないのがさびしいんですかと私は訊く。彼は首を横に振る。いいえ、僕はそんなものはないと思います。そうじゃなくて、年をとってみっともなくうろたえなくなったのがさびしいんです。僕はいつもはじめてのように、それをしたいのに。

8月 24, 2014